スイスでもっとも有名な山のひとつマッターホルン(Matterhorn)。どこから眺めても同じ形をしている富士山とは異なり、見る場所によって全く形の違う山に見えます。やっぱりこの写真のようにツェルマット(Zermatt)から眺めたマッターホルンが最も美形に見えるし、イメージ的にも一番しっくり来る感じがします。

この写真は日が沈む寸前のものです。山の斜面が所々強烈な赤みを放っていますが、これは鏡の反射と同じような原理で、山の斜面の雪や氷に夕日が映り込んだ光景です。日が沈むまでのほんの数分間の幻想的な光景です。
ツェルマットから見えるのはマッターホルンの東壁と北壁ですが、イタリア側からの眺めに近い南壁を見ることができるMatterhorn glacier paradise(マッターホルン・グレッシャー・パラダイス=クライン・マッターホルン展望台)に行ってみました。この展望台はヨーロッパで一番高いところにある展望台だけあって、ひたすらゴンドラやロープウェイに乗せられます。ひとつ目の途中駅でゴンドラからロープウェイに乗り換えると、出発地のツェルマットがよく見えるようになってきます。
ツェルマットがどんどん遠くになり、植物限界を超えて一面が石ころだらけになった頃、2939メートル地点にあるトロッケナー・シュテーク(Trochener Steg)という途中駅に着きます。
トロッケナー・シュテーク駅では、どこか別の惑星にでも降り立ったような殺伐とした雰囲気の中にマッターホルンが現れます。相変わらず個性的なフォルムと言えますが、ツェルマットで見たマッターホルンとは全く雰囲気が異なります。
ここからさらにロープウェイを乗り継いで展望台のあるクライン・マッターホルン(Klein Matterhorn)を目指します。クライン・マッターホルンとは、ドイツ語で小さなマッターホルンを意味しますが、写真を見ればその由来も自ずと解るかと思います。それにしてもすごいところに駅を作ったものです。その根性はさすがスイスです。
高所恐怖症なので、ロープウェイで氷河を越えてクライン・マッターホルン駅に無事たどり着いたときには安堵感でいっぱいでした。しかし展望台は目と鼻の先にはなく、ちょっと急な階段を低酸素の中ひたすら登らなくてはなりません。しんどい思いをした甲斐あってか、ヨーロッパ最高地点の展望台を示すこの看板を目にした時には感慨深いものがありました。3883メートルってすごい高さだと思います。
しかし、この展望台から見えるマッターホルンもこんな感じで、あまりの変貌ぶりにみんなちょっと拍子抜けしていました。これほどドラスティックに容貌が変化する山も珍しいと思います。
この展望台からマッターホルンを眺めると、ツェルマットから眺めた時に感じる唯一無二の存在感は薄らぎ、マッターホルンはごつごつした山々のひとつになってしまいます。好き嫌いは人それぞれですが、ちまたにあふれるマッターホルンの画像はツェルマットから撮られたものがほとんどであること考えれば、冒頭の写真のようなマッターホルンをこそ見てみたいという人が多いのではないでしょうか。つまり、ツェルマットの街はマッターホルンを眺めるのに絶妙な位置にあるということです。
しかし、変わり果てたマッターホルンしか拝めないこの展望台からの眺めは格別としか表現のしようがありません。奥に見えるのはユングフラウをはじめとしたベルナーオーバラントの山々ですが、それだけでなくここからはモンブランを臨むこともできます。この展望台は真夏でも肌を突き刺すような冷たい風にさらされ、かつ強烈な直射日光を浴びるので、ゴルナーグラート展望台のようにシャンパン飲みながらまったりすることは許されませんが、自然の厳しさを感じながら雄大な景色を望むことができる当代随一の展望台と言えます。
雲一つなかったこの日、澄み渡った空気に無限の青さを感じました。まさに心が洗われるような一日でした。マッターホルンで最も人気の高いゴルナーグラート展望台はもちろんイチオシですが、晴天に恵まれたならクラインマッターホルン展望台にも足を運び、両展望台の雰囲気の違いを楽しんでみることをおススメします。
展望台のことはさておき、ツェルマットに来るたびにやっぱりここはスイスの中でも特別な街なんだと感じます。ツェルマットは、一生に一度お目にかかれるかどうかというくらい素晴らしい光景を見せてくれる街であり、生きてて良かったと思わせてくれる街でもあります。世界広しと言えども、こんな街はそうそうないはずです。
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