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ミュスタイア(Müstair)


イタリアとの国境にほど近い、スイス最東端にあるミュスタイア(Müstair)。人口800人足らずのこの村には鉄道がなく、険しい峠道を通らなくてはたどり着くことができないことから、スイスで一番の秘境とも言われています。


そんなミュスタイアにはかねてから行ってみたかったのすが、その念願が叶ったのは2011年の夏でした。自宅から片道約450キロのドライブです。スイス側からミュスタイアへ通じる唯一の道である28号線はところどころ険しい山道があり、つい最近までは道路の状態もあまりよくなかったと言われていました。しかし、私たちが行ったときには道路の改装も進み、とても走りやすい道になっていました。なので、景色を楽しみながらのんびりとドライブしたいところですが、地元グリゾン州(グラウビュンデン州とも言う)ナンバーの車は日本では信じられないくらいスピードを出すので、その流れに乗せられてあっという間にミュスタイアに着いてしまった感じがしました。


しかし、街や村を通過する時はみな必ず減速します。このルールは徹底されています。とくに、この28号線上にある村々は区画整理がなされていないのでとても道が狭く、対向車と通過するのもぎりぎりだったりします。おまけに、写真のように玄関を出てすぐに国道なんていう家もあるので、村を通過する際は細心の注意が必要です。


この時は日本から来た家族親戚を連れてきたのですが、運転手の私を除き全員爆睡状態でした。ミュスタイアの村に入ってから窓を全開にし、村の涼しい空気でみんなを眠りから覚ましました。
ミュスタイアもエンガディン地方の例に漏れず、美しい家屋が建ち並んでいるので、少し村を歩くと目が覚めてきたようです。



私たちがはるばるこの村に来た理由は、世界的に注目を集めている世界遺産があるからです。スイスの外れにあるこの村のそのまた外れにある聖ヨハネ・ベネディクト会修道院(Benedictine Convent of St John)は、『現存する、あるいはすでに消滅した文化的伝統や文明に関する独特な、あるいは稀な証拠を示していること』という世界遺産の基準を満たしていると見なされて、1983年にユネスコの世界遺産に登録されました。


最近、富士山が世界遺産に登録されて登山者で賑わっているように、日本では世界遺産に登録されると観光客がどっと押し掛ける賑やかなイメージがあります。このイメージのままヨーロッパの世界遺産を訪れると拍子抜けすることがけっこうあります。ミュスタイアもそうでした。へんぴな村の外れにある教会とそこに併設された博物館。世界遺産に登録されたという仰々しさは全くありませんでした。


修道院の入り口もいたって簡素。世界遺産云々という能書きも見当たらず、一瞬、ホントにここが聖ヨハネ・ベネディクト会修道院なのかと思うくらいでした。でも、そこに余裕と奥ゆかしさを感じます。


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世界遺産 ベネディクト会聖ヨハネ修道院


ミュスタイア(Müstair)の村の外れにある聖ヨハネ・ベネディクト会修道院(Benedictine Convent of St John)。こぢんまりとした外観には質素な印象を受けます。


この修道院を見てみたいという一心でこんな谷間をひたすら車で走ってきました。雪景色の中の修道院はとても美しいそうなので、ぜひとも冬にも来てみたかったのですが、冬のドライブは相当厳しそうだと感じました。


この修道院の先にはもうスイスの村はありません。目と鼻の先はイタリアとの国境で、イタリアに入っても小さな村々が点在しているだけです。70キロ走ってやっとメラノ(Merano)という小さな街にたどり着くことができます。100キロ先には県都でもあるボルツァーノ(Bolzano)があります。いずれにせよ、イタリア側からアクセスしてもかなり交通の便は悪いはずです。


そんな人里離れた村にある修道院にやって来たというだけで何となく神秘的な雰囲気を感じてしまうのですが、この修道院は学術的にも非常に興味を持たれています。カロリング様式という古い建築様式で建設されているのこの修道院は、その保存状態が極めて良いそうで、構造物として非常に貴重だとされています。
長い年月を経ても良好な保存状態を保てたのは地政学的な要因が大きく影響していると考えられています。湿気がなく晴天の多いエンガディン地方の気候と、あまりに不便な場所にあることから政治的な影響を受けずに済んだのではないかということです。


さらに、教会の内部を埋め尽くすフレスコ画もとても貴重なものとされています。フレスコ画は石灰水に溶いた顔料を使って描く技法ですが、やり直しができないのでかなりの技量が問われるそうです。その代わりに保存性が良く数百年経っても色鮮やかな状態が保てます。


聖書の物語をテーマにしたこのフレスコ画は、19世紀に描かれた壁画の下に9世紀に描かれた壁画が発見されたそうです。祭壇の上あたりは一部の絵が欠けており、その下地にも絵が描かれていることがわかるかと思います。このフレスコ画の重ね書きには考古学者たちの熱い視線が注がれているようで、今現在でも最新の技術を用いた壁画の解析がなされているようです。


1100年以上も前に描かれたフレスコ画が良い保存状態で残されることはかなり稀なことであり、カロリング様式の建造物の保存状態の良好さと合わせて世界遺産の登録基準を満たしたのです。


ただ、この修道院は過去の歴史的遺産であるだけではありません。すごいのは、現在も修道女たちが伝統的な生活様式を継承して生活する現役の修道院であることです。こんなへんぴな場所で昔ながらの生活を営む人々がいたことに衝撃を受けました。これまでもいろいろ修道院を見て廻りましたが、その生活の様子が垣間見えたのは初めてのことでした。


修道院の見学ルートは夏でも冷んやりとして、冬の生活の厳しさを連想させます。この見学ルートには所々パネルが張ってあり、この修道院についていろいろ書いてありました。世界遺産に登録されたと言っても、交通の便の悪いことからさほどの観光収入が得られるわけでもなく、修道院の存続は楽ではないようです。

個人的には博物館の入場料などはもっと値を上げても良いような気がしました。ここまで来て見学せずに引き返す人はまずいないですからね・・・(笑)。


見学ルートを見終えた後、修道院の裏手に回ってみました。そこには裏庭があり、それを囲むように修道院で暮らす人々の住まいがあるのですが、その反対側の一角に奇妙な建物を見つけました。

一見、木枠の窓がある住居のように見えるのですが、実際にあるのは木枠だけで窓は絵になっています。察するに全く光を通さない建物だと思いますが、どんな用途があるのか不思議に感じます。木枠だけがリアルなのも変な気がします・・・。不思議な空間でした。


スイスの秘境と言われる村、ミュスタイア(Müstair)にある修道院だけあってかなり独特の雰囲気のある場所でした。ここを訪れてからもう2年近くになるのですが、その印象は鮮明な記憶として残されています。スイスにのんびり滞在できるなら是非足を運んでみることをおススメします。


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