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Saint-Prex(サン・プレ)

スイスには『パトリモワン・スイス (Patrimoine Suisse)』という団体があって、この団体が歴史的な街並や建築物の保護に積極的に取り組んでいる自治体にワッカー賞と呼ばれる賞を授与しています。この賞を受賞した街や村を7割くらい歩いてみましたが、なるほど、いずれも伝統的な街並が残る美しいところばかりでした。


今回お伝えするSaint-Prex(サン・プレ)は、第2回(1973年)ワッカー賞を受賞した、レマン湖畔にある小さな村です。村のメインストリートを見た限り、あまり賑やかな観光地には見えませんでしたが、それがまた古い佇まいの雰囲気をよく伝えているかと思います。



この村の住宅は石造りのものが多く,その外壁の模様が印象的でした。


年代は感じさせても古さは感じさせない、いかにもスイスらしい景観美があるように思います。


村の通りを抜けるともうそこはレマン湖畔。ここにはちょっとした砂浜があるのですが、この日は地元の子供たちが裸で遊んでいたので、遠巻きにシャッターを切りました。


船着き場の方は湖畔に沿って遊歩道が続いており、一定の間隔でベンチが設置されています。ベンチに座ると、水で有名なエビアン・レ・バンやそのとなり街であるトノン・レ・バンの街が見えます。


Saint-Prex(サン・プレ)に来る船はまばらなので、桟橋には船を待つ人ではなく、釣り人たちで賑わっていました。この辺りでは魚を食べる習慣があります。代表的な魚料理であるフィレドペルシュ(Filets de Perche)は魚にうるさい日本人でも美味しく食べることができます。


村の入口にある時計台をかねた城門は、この村のシンボル的存在ではないかと思うのですが、外から眺めてみて少し驚きました。


これは時計台と城門をかねた住居になっていました・・・。ここには先祖代々住んでいるのでしょうか。それとも、この重厚感を好んでここに住むことにしたのでしょうか。あるいは、住宅事情の極めて厳しいスイスの世相を現しているのでしょうか。少し考えながらSaint-Prex(サン・プレ)を後にしました。

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レマン湖畔の村 Coppet(コペ)


ジュネーブ(Geneva)とニヨン(Nyon)の間にあるコペ(Coppet)という村に立ち寄りました。


可愛らしい村の名前は小さな村を連想させますが、イメージ通りすごく小さな村で、メインストリートは2分もかからず通り抜けられます。


それでも天候が良いせいか、村にはけっこうな人出があり、村の駐車場はほぼ満車状態でした。


この村は典型的なレマン湖地方の雰囲気を持っており、時間がゆっくり流れていそうな古い街並とスローなフランス語が穏やかでのどかな雰囲気をかもし出しています。ちなみにこの建物は役所です。外窓の模様と色が気に入っています。


村のメインストリートから細い路地に入ればレマン湖へと抜けられます。この路地には強烈に誘われたのですが、私たちは始めに山側へと歩くことにしました。


お目当てはコペ城(Château de Coppet)。見た目はあんまり城らしい威厳はありませんが、美しい庭園があるそうなので一度訪れてみたいと思っていたのです。


しかし、城門は閉ざされており入ることはできませんでした。どうやらイースター(4月第2週くらい)から10月の終わりまでしか開園していないようです。残念・・・。ま、それはしょうがないとしても、いや応にも目につくのはこのあたりではまず見ることのできない英語の標識。まるで、ここがインターナショナルな観光スポットであると主張しているような気がしました。どうみてもローカル観光スポットだろうに・・・。


城の見学をあきらめた私たちは湖のテラスに向いました(ここがホントのお目当て)。レマン湖の眺めもいいのですが、白い小石が播かれていてチョッとしたリゾート気分が味わえます。プチハイキングにも関わらずパンパンになってしまった足は喜んでいました。


犬の散歩に来たおじさんが後ろの席でビール片手に新聞を読んでいました。その間、このおっきなレトリバーは放し飼い。犬の苦手にな人にはヨーロッパでの生活は大変かも知れませんね。しかし基本的には日本の犬よりはるかに躾がなっています。とはいえ、なかなか訓練学校から卒業できないやんちゃな犬たちもたくさんいるようで、飼い主のボヤキを聞かされたこともあります(笑)。


売店でポテトチップスとコーラを買って、テラス席でぐでんとしていました。歩いた後にはやたらジャンキーなモノが食べたくなって困っています。運動してジャンクフードと運動しないのではどちらが健康的なんだかわかりません・・・。


しかしこの開放感。リフレッシュできたことだけは間違いなさそうです。

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Céligny(セリニュイ)



レマン湖畔には素朴な村々が点在しています。今回お伝えするCéligny(セリニュイ)も、ジュネーブ(Geneva)とニヨン(Nyon)の間にあるレマン湖畔の小さな村で、晴天に恵まれた春先に散歩がてら行ってみることにしました。


村にはコレといった見所もなく、観光客は全く見かけませんでした。


そんな村を見慣れない東洋人がカメラをパシャパシャやりながら歩いていると、怪しい目で見られたりしないかなぁ、などと思うこともあるのですが、どこの村に行っても村人の視線が気になったことは一度もありません。スイスの田舎はホントにのどかなんだと思います。


ここは村の役所。村の役所はどこにいっても個性的なので必ず見ることにしていますが、この村の役所は一見レストランにも見えてしまう石造りの建物でした。


この村は高台にあり、村はずれの坂道に来るとその先にレマン湖と対岸のフランスが見えてきます。


レマン湖畔の村と言いましたが、坂道を下っても湖畔まではけっこう距離がありました・・・。


湖畔へと向かう途中にセリニュイの駅があります。が、ご覧の通りホームには柵が設けられ電車の乗り降りはできないようになっていました。どうやら廃駅のようです。


ジュネーブ空港行きのインターシティ(特急列車)は全く減速することなく通り過ぎていきました。電車に乗っているだけでは知る由もない村ですね。


廃駅からてくてくと歩くこと15分、湖畔にたどり着きました。ここは水質が抜群の砂浜でした。しかも、遠浅な感じだったので、夏場に水遊びをするには絶好の場所ではないかと思います。


そんなことを考えながら湖を見ていると、後ろから猛烈な勢いで走ってきたレトリバーがそのまま湖に突進して水浴びしていました。あっけにとられてしまってカメラを向けるヒマもありませんでしたが、その気持ちはよく理解できます・・・。


次はセリニュイの港へ行ってみました。

あんまり船の出入りもないんじゃないかと思える静かな小さな港。日陰のベンチには寝転がって本を読んでいる人たちがいました。


私たちは日向のベンチに座ってレマン湖を眺めていました。日差しは強いのですが、空気はまだ冷んやりしているので私たちには日向がちょうど良い感じです。


帰りは坂を上って村の中心まで戻ってきました。村のカフェが開店していたので、そこで小休止することにしました。看板も控えめだし、見た目は周囲の民家と変わりがないので、行きにここを通り過ぎたときには、ここがカフェだとは気がつきませんでした。


しかし、店に入ってみれば超満員。おそらく互いに顔見知りの地元の人たちだと思いますが、談笑する声が店の外まで聞こえるくらいでした。観光名所の何もない素朴な村ですが、スイスの豊かさを改めて感じさせる村でした。

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モルジュの教会


ローザンヌからジュネーヴ方向に電車で10分くらいの所にある街、Moeges(モルジュ)。年がら年中花が咲き誇るこの街は『レマン湖の花』と言われていますが、花のみならず街並も絵になります。ここにはスイス西部では珍しいバロック様式の教会があるのですが、やっぱりバロックは華麗な感じがします。この教会の存在が通りにも華やかさを与えていますね。

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レマン湖畔の街 Lutry(リュトリ)

ローザンヌの東側に位置する街、Lutry(リュトリ)。スイスに来たばかりの頃、この街で初めてフィレドペルシュ(Filets de Perche)を食べたのをよく覚えています。食べ物がイマイチと思い込んでいたスイスで美味い魚にありつけることを知って安心したものです。


リュトリはレマン湖に面した港町ですが、山側に目をやれば、この辺りから東へ向かって湖岸の傾斜もきつくなり、ユネスコ世界遺産にも登録されているラヴォーのぶどう段々畑が見えてきます。



ラヴォーのぶどう畑は仕事帰りにしょっちゅう来ていました。いつ来ても開放的で四季折々異なる表情を見せてくれるので、気分転換にはうってつけの場所です。


その際に立ち寄るリュトリの街でスイスの街並の美しさを実感しました。スイスの自然が素晴らしいことはわかっていたものの、スイスには何となくあか抜けないイメージがあったのですが、この街の佇まいはそれをきれいに払拭してくれました。


街並は派手ではありませんが、豊かさに裏打ちされたゆとりが漂っています。建物は概して古いのですが整然とした佇まいを保っており、風通しの良い細い路地は歩いているだけで気持ちが良いものです。


一方で、初めてこの街を訪れた直後から苦難のスイス生活が始まりました。文化の違いや言葉の壁などいろいろ苦労したことを覚えています。もう一度この時に戻りたいとは思いませんが、良い事もそうでない事もすべてが新鮮だった時期で、スイスでもっとも密度の濃い時間を過ごした時期だと言えます。




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